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「日本一心を揺るがす新聞の社説」 [農村だより]

 12月30日木曜日午後

  こんな本もいいなあ、という本です。

 「日本一心を揺るがす新聞の社説  それは朝日でも毎日でも読売でもなかった」 

 水谷もりひと(みやざき中央新聞 編集長)著 ㈱ごま書房刊

  みやざき中央新聞というのが、宮崎ローカル紙ではなくて、実は全国紙だという

 のもいいですね。ちょっと涙がにじんだり、こころがほっとする社説です。

 
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農業改革の「ツボ」 [農村だより]

 12月29日水曜日午前

  昨晩ラジオを聴いていたら、「長谷川一夫」について演劇評論家が話していました。ほんの

 ちょっと聴いただけですが、印象に残ったのが「ツボを押さえる」という言葉です。歌舞伎から

 映画へ、そして演出へと転進しながら掴んだ「ツボ」というのがすごいんですね。いまの時代

 になると、あまりに仕組まれてしまい、こなれたやり方がいやらしかったりしますが、誰もわか

 らなかった時代に、大衆を惹きつける「ツボ」をつかんだセンスはとても優れていたのでしょう。

  2010年も終わりますが、我々の米作り農業の現場は、衰亡の道をひた走っている感じが

 続いています。農家も、農協も、行政も、みんな怠けているわけではないのに、日本の農業、

 とりわけ米作り農業の崩壊は目前に迫っています。

  やはり、「ツボを押さえ」ていないので、どんなに努力をしても報われることはないのだとい

 うことです。では、その「ツボ」とは何なのか。

  それは間違いなく「大規模化」と「組織化」です。自民党政権の末期には、その方向性を打

 ち出していましたが、信念のない政権が続いたために、成果を上げることが出来ませんでした。

  民主党政権になる前に、「戸別所得補償」なるバラマキ政策が出て、そのまま民主党政権

 になってやってしまいました。折角の「大規模化」「組織化」の方向性がつぶされました。

  個々の農家にとっては、正しい選択だったかもしれませんが、それは悲しいほどに短期的な

 願望に過ぎません。時代的・社会経済的状況から考えれば、高齢で跡継ぎのいない農家に

 この国の食糧生産を継続的・安定的に依存することは不可能だと、誰でもわかることでしょう。

  政治家は選挙で勝たなければ仕事ができない。しかし、「選挙に勝つため」に農業を犠牲に

 してはいけない。そこのところが民主党、とりわけ小沢一郎はわかっていない。まあ、自民党

 もまったくわかる政治家がいないので、こんな日本の農業になったのですが。

  農家には農地があり、耕作意欲がありますので、農地を集約して、耕作者を少数に絞るの

 は大変難しいことですが、「集落営農」でまずゆるやかにまとめ、その先に「農業法人」を設立

 して、「大規模化」と「組織化」を実現するのが、農業改革の「ツボ」だったんです。

  「だったんです」というのは、もうすでにその時機を逃してしまったので、これからやろうという

 のは無理だからです。農家の平均年齢が70歳を過ぎてしまっては、残された時間が短か過ぎ

 て、まとめる意欲も、後継者を育てる意欲もなくなってしまいました。

  ここから先は、非常に困難な取り組みになりますが、少数精鋭の組織が中央突破して、その

 組織を大きく育てるしか道はありません。生産においては、高品質・安定生産を実現しなければ

 なりませんし、そのために人材の育成を切れ目なく行ない、設備投資もバランスよく進めなけれ

 ばなりません。

  それには、農協のような「協同組合」方式では、とても経営判断ができませんので、経営責任

 が明確な「法人」組織が必要です。要は経営判断の「スピード」が重要なのです。農協では無理

 です。

   それから、「大規模化」については、「大規模農家」では無理があります。組織として農作業・

 農業経営を担わないと、休みも取れませんし、技能の継承も、親子では年が離れすぎてしまい、

 いっしょに作業をしながら訓練する年数が十分に取れません。

  他の産業分野に引けをとらない生活水準を保証するためにも、「個人経営」より「法人組織」が

 絶対的な条件になります。

  あらゆる要素を統合的に考えても、「ツボ」を押さえなければ、絶対に成果は上がりません。

 日本の農業を産業分野として成立させるためには、「大規模化」と「組織化」を実現する政策が

 必要です。とりわけ米作り農業においては。

  
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永田農法のこと [農村だより]

 12月25日土曜日午前

  仏教徒なので、クリスマスは本来関係ないのですが、なぜか昨日からクリスマスケーキ

 を目の前に飾られて、「メリー・クリスマス」なんて言っているのが不思議です。毎年のこと

 ですが。
 
  外は昨日からの積雪で50センチくらいの銀世界になりました。早朝4時半から構内の除

 雪をして、スタッフの駐車場と構内の動線を確保しました。雪を見ると、アドレナリンがたくさ

 ん出るのか、闘争心がふつふつと湧いてきます。

  先日、書店で見つけた本を読み終えました。「奇跡の野菜」 東洋経済新報社刊 永田

 照喜治著 2010年12月23日発行

  永田農法を世に広めている著者ですが、初めて本を読みました。昔、「緑健のトマト」が

 一世風靡したことがありますが、そのご本人とも知らずに、吾ながらあまりご縁のない人だ
 
 なあと思いました。

  書かれてある内容は至極ごもっともで、「作物本来の持つ力を最大限引き出す」という考

 え方は、特に永田さんから習うまでもないことだと思います。私は米作り農家として、稲を

 見続けて、いままでの農家の取り組みの弱点や盲点を注意深く観察してきました。そして

 気が付いたのは、永田さんが言われていることと同じです。如何に「作物そのものが持って

 いる力を引き出すか」、それに尽きます。

  道半ばで、実績が伴っていないのが玉に瑕ですが、向かっている方向性は間違いないと

 確信しています。事実、永田さんの歩みがそれを証明していますから。
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除雪作業がなくて楽です。 [農村だより]

 12月23日木曜日午前

  今年の冬は、昨年と比べて穏やかな天候が続いています。冷え込みも弱く、積雪も現

 在のところありません。構内の除雪や屋根雪おろしの仕事がない分、身体の負担が少な

 くて、とても助かります。

  酒造りの現場では、安定した気温・室温の状態にありますので、雪がない分、スタッフ

 の負担や通勤の危険もなくて、順調に工程が進んでいます。山に雪が積もり、里はない

 のが理想といえば理想です。根知谷は間近に高い山を抱えていますので、冷気が吹き

 下ろしてきます。夏場の農業用水の天然ダムの役割も果たしてくれますので、非常にい

 い環境にあります。

  そうは言っても、1月・2月は確実に2mくらいは雪が積もりますので、除雪作業はしな

 ければなりません。要は回数が多いか少ないか、ということですが、どれだけでも少ない

 方が楽です。特に年を取ってくると身体にこたえますので。
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日本酒業界のわすれもの [農村だより]

 12月14日火曜日午前

 あっという間に12月も過ぎていきそうです。毎日酒蔵の中で、夜も昼もなく作業をしていると、

 浦島太郎のようになってしまいそうです。

 酒蔵の中では、つぎつぎに新酒が出来上がってきます。それらを見ていると、いろいろなこと

 を考えますし、教えられます。

 2010年産の五百万石の出来はどうか。越淡麗はどうなんだろう。

 米作りから酒造りまで、すべてを自社で手がけて8年目が過ぎようとしていますが、今年も

 特等米と出会い、また改めて感じるのは、「米のすごさ」です。

 良質な米ほど自らの意思があるかのように、我々酒造職人を誘導します。

 まるで指図でもされているかのような錯覚さえ覚えます。

 ほんとうにすごいことですが、今年も体験しています。

 こんなことは、自分たちの脚で田んぼに立ち、自分たちの手で育てた稲だから感じること

 なんでしょうが、これは事実ですから、ほんとうなんです。

 ただ技術論として「日本酒」を造るなら、そこまで原料米にこだわる必要はありません。

 でもね、もうおもしろくないんですよ、造っていても、そんな酒。

 たぶん、だから、呑んでいてもおもしろくないんでしょうね。

 だから、売れない。

 呑んでいて、つまんない酒。惰性で呑むものだから、有名なものか、それとも安いもの。

 造り手の怠慢ですね、すべての原因は。

 すごいんです、日本酒は。ほんとうにおもしろいんです、うまいんです。

 その原点を思い出すには、「米」を酒蔵の人たちが自らの手でつかんでみることです。
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ブラジルの伊藤さんと考える「農業」 [農村だより]

 11月25日木曜日夕方

 今日、エアメールでブラジルの伊藤さんから「TPP」に関するご意見を頂きました。

 海外から日本を見る視点において、TPPへの参加の流れは必然ですね。そうしな

 いと、日本は経済的な活動において孤立してしまいます。その通りだと思います。

 関税をゼロにして、輸出入を行なうとどうなるか。

 メリットとデメリットの見合いで、国益に叶うことなのかどうか。

 各産業分野ごとに利害が対立する所です。

 最大の損害を被るのが「農業分野」と言われていますが、どうでしょうか。

 状況を冷静に分析すれば、農業分野で壊滅的な打撃を受けるとは言えないのでは

 ないかと思います。

 海外へ日本食が広まる流れに乗って、米などの日本食材が輸出されるようになれば

 それはそれで面白いことですが、ことはそんなに簡単な構図になりません。

 牛肉やチーズ、バターなどの畜産分野においては、輸入品の圧力はかなり高まるの

 でしょうが、「米」はそうならないだろうと思います。

 なぜなら、日本人の「舌」が受け付けないからです。

 それは、平成5年の大凶作の年に緊急輸入した外米の「その後」を見ればわかります。

 そして、アジア各国の経済成長による、生活水準の向上は、食糧生産の余剰を外国

 に売り飛ばす余裕を失いつつあります。

 むしろ、食糧は「争奪戦」の様相を見せ始めているのですから、一層事態は深刻です。

 私が問題だと思うのは、農業分野で繰り広げられている「保護をめぐる」既得権争いが、

 農村の実態とかけ離れた「虚構」である、という点です。

 もう日本の稲作農業は構造的に破綻しているのですから、政府が真剣に対策を打たな

 ければならないのは、「食糧の安定確保」です。
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「万年筆」で頭の体操 [農村だより]

 11月22日月曜日午前

 昨日、家での話題から。

 一千万円を超えるお値段の万年筆というのががあるんですね。

 蒔絵を施したもので、マニア垂涎の的とのこと。

 作者は、遠く欧州まで納品に出かけて、お留守なんだそうです。

 伝統工芸の世界では、従来の製品を購入し使用してくれる需要層が

 随分減っているので、その技能を残していくには、新たな素材や製品

 に蒔絵を施して、需要を創り出していくしかない、ということのようです。

 非常にニッチな需要かもしれませんが、大切な技能・技法を継承してい

 くためには、こうした発想の転換と取り組みが欠かせません。

 米作り農業も、日本酒造りの醸造業も、従来のままの体制で生き残れる

 とは思えません。やはり、時代とともに変化していくことが必要です。

 大きな地域社会や経済取引の枠組みの中で、自分だけが変わることは

 容易にできませんが、しかし、変わることができなければ生き残ることも
 
 できません。どうしましょう。

 「Voice」という月刊誌の12月号の寄稿の中に、いい表現がありました。

 小林弘人という人の「β版カルチャー」という言葉です。

 メディアの世界を展望した論説ですが、すべての要素が猛烈なスピード

 で変化していく世の中では、農業も酒造業も同じく変わっていかざるを得

 ません。事業構想というのは、「完成品カルチャー」の発想ではいつまで

 経っても動き出しませんから、とりあえずできそうな部分から始めて、徐々

 に熟成する、完成度を高めていく、という進め方が適切な手法でしょう。

 私も2003年に米作りを自社栽培で始めた時、たった1枚の田んぼでし

 たし、農機具は何もない状態でした。それから8年が過ぎて、まがりなり

 にも大規模専業農家なみに装備・組織・技能が整いつつあります。

 酒造りとの連携も、やりながらつくり上げてきたもので、その間に我々自身

 はじめはわからなかった「価値」を少しずつ、しかし確実に深く理解するよ

 うになりました。

 現代の状況を把握する感覚は、まさに「動体視力」なみのスピード感と、

 背景を幅広く理解する基礎知識が要求されます。難しいですね。

 でも、生き残りたければ、どうしてもやらなければならないことがあります。


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時は流れる [農村だより]

 11月17日水曜日午前

 四十を過ぎた頃からでしょうか、歴史というか、時代の流れというものを感じられる

 ようになりました。私が観ているのは日本酒業界ですが、その興隆と衰退の様を

 業界としても、個々の酒造会社としても、まざまざと見せ付けられています。

 私自身もその中の当事者として日々業務に当たっているわけですが、何と言うか

 世の中が変化していくのに対応できないのは、ある種、歴史の必然というか、ど

 んな業界においても、会社においても、昔から繰り返されてきたことですから、それ

 ほど珍しいことでもないし、日本酒業界だけが特殊なわけでもないんだなあと思い

 ます。

 まあ、よく続いても30年くらいでしょうか。全盛期というのは長く続かないものです。

 日本酒の出荷量が上り詰めたのは昭和40年代です。それからは下降の一途。

 最近では最盛期の3分の1まで出荷量が落ちたそうです。

 個々の酒蔵で見れば、また様々な栄枯盛衰の物語りとなりますが、銘醸蔵として

 一世を風靡した酒蔵も、今は昔で忘れ去られた存在になっているものもたくさんあ

 ります。

 第二次大戦に負けてから65年ですが、その間の業界の変化を俯瞰しただけでも

 隔世の感があります。「いい時もあった」ということでしょう。

 しかし、惜しいのは「時代の流れ」を感じるセンスが鈍いこと、変化への対応が遅

 いこと、成功体験を捨てる勇気がないこと。

 私の経験の範囲においても、灘伏見の大手のどうしようもないバカげた低価格戦

 略と、低品質酒の大量生産。それと相前後して地方発の高級酒・吟醸酒の成功

 と慢心による衰退。

 クロネコヤマトの宅急便に代表される物流革命と、インターネットの普及による情

 報革命が起こって、商流も激変しました。

 世界も大きく変わり、国境を越えた企業活動が当たり前となって、グローバリゼー

 ションの波が日本にも押し寄せています。

 消費者の生活様式が劇的に変わり、価値観が劇的に変わっていく中で、昔から

 のやり方や、たかだか20年30年くらいの成功体験で企業運営ができるわけも

 ありません。日本酒の酒蔵が衰退して行くのは、ある意味において「歴史の必然」

 です。それほど「時代の流れ」に対応・適応していないのです。

 日本酒のもつ「本質的な価値」は、いささかも揺らぎませんし減っていません。

 しかし、その価値を消費者に届ける生産者の組織・思想・哲学が硬直化しています。
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テロワール主義 [農村だより]

 11月15日月曜日午前

 私がかねてから主張している「テロワールが語れる日本酒をつくる」ということについて。

 ワインの世界には、「テロワール主義」に対する「セパージュ主義」という概念があります
 
 が、それを日本酒の世界に照らして見てみると、なかなか興味深い景色が見えてきます。

 私たちが根知谷でやっていることは、「テロワール主義」の考え方ですが、もともとその土

 地で育種された酒米の品種を栽培している、即ちその土地に最適な品種を栽培している、

 という意味では、「セパージュ主義」であるとも言えます。

 「五百万石」も「越淡麗」も、新潟県が独自に育種して品種登録した酒造好適米です。他

 県でも広く栽培されている五百万石は、新潟県のオリジナルであるという認識が薄いか

 もしれませんが、これは「ボルドー」における「カベルネ・ソーヴィニョン」と同じであると、海外

 の関係者からは指摘されます。

 「越淡麗」は、特許の関係でしょうか、他県には栽培ができないようになっていて、正に新

 潟県のオリジナル品種です。その酒造特性は徐々にマーケットに伝わるものと思いますが、

 平成18年に奨励品種になったばかりですので、向こう10年くらいの時間は必要でしょう。

 日本酒の世界では、米作りから酒蔵のある場所で、醸造家自らが酒造好適米の栽培を手

 がける形態は、戦後絶えて久しくなりました。農地解放が引き金となり、食糧管理法が壁

 となって、米は生産から流通まで「農協」が独占する時代が長く続きました。独占禁止法に

 抵触するはずですが、「全集連」なる抜け道を作って来たのです。

 そんな仕組みの中で、酒造業界も技術革新の時代に突入し、量産と品質向上の二兎を追

 いかけて、「醸造」に専念することになりました。「米」は「原料」に過ぎないという意識が無

 意識のうちに定着しました。

 酒蔵では、仕込みに使う米を「仕入れる」ことが当たり前になったのです。

 これでは「テロワール主義」も何もありません。

 「セパージュ主義」でもないですね。大体から米作りをしていないんですから。

 「産地(気候風土)」にこだわるわけでもなく、「品種」にこだわるわけでもなく・・・・・。

 じゃあ、何にこだわっているのか。

 「醸造技術」であり、「醸造技能」であり、それを根拠にした「品質・酒質」です。

 要は、工場の中だけの世界、自分たちがどうにでもできる領域での話です。

 日本酒業界の競争は、こうした構造・レギュレーションの中で繰り広げられてきました。

 しかし、消費者はもうそんな甘い「身内の論理」による競争では飽き足らなくなりました。

 もっと厳しい、もっと不安定な、もっと興味深い競争条件のもとで、日本酒を楽しみたい、

 と無意識に思い始めたのです。

 それに気付かない日本酒業界は、消費者の欲求を満たす条件を整えた「焼酎」や「ワ

 イン」の後塵を拝することになりました。

 いくら製造技術が優れていても、製品のクウォリティーは、農産物を原料とする以上、

 気候風土、作物そのものの持つ性質に左右されて当然なのです。そのことに酒造技術

 にかかわる人たちが気付かないわけがないのですが、彼らの言い分はこうです。

 「多少米のできが悪くても、我々の技術でいつも通りのいいお酒をつくれます」と。

 傲慢な言い方ですね。自分の腕で何とかしてやる、なんて。

 随分飛躍した内容になりましたが、「テロワール主義」 「セパージュ主義」という概念は

 日本酒を捉えなおす格好の脳トレになります。
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「特等米」の上質感 [農村だより]

 11月11日木曜日午前

  10月13日の洗い付けから始まった2010年産米による酒造りですが、予定通り仕込みが

 進んでいます。麹の担当をしているので、深夜作業が続いて、今日も寝不足ですが、毎日出

 てくる蒸し米の感触は、酒造職人の本能を掻き立てます。

  特に違いを痛切に感じるのは、「特等米」ですね。2010年産においては、五百万石で特等

 米の格付けを受けたものが出ました。その米を蒸して、麹米として室に引き込んで、仕込操作

 をしていますが、その質感というのが素晴らしくて筆舌に尽くしがたいものです。

  こういう米を作り、酒に仕込むことの快感を味わうと、もうやめられなくなってしまう、そんな感

 じになります。特等米を使った仕込みは、2005年産と2009年産で経験していますので、今

 年で3回目になります。身体は覚えていますので、自然に反応しますが、やはり同じ「快感」で

 す。

  「特等米」というのは、不思議な力があるように感じます。それは、麹にしても、もろみにしても

 あたかも自らが予定していたかのように、条件が整ってくるのです。不思議ですが、事実です。

 酒造技能・酒造技術を超越した「何か」がそこにはあります。

  米作りをしていない酒造家には、絶対に味わうことのできない領域ですが、ここに日本酒のも

 つ価値の到達すべき世界があることを、少しでも多くの人たちに分かっていただきたいものです。
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